「意識」と「記憶」は生物の脳に起こったイノベーションだった

情報集積度・情報処理能力という点で、コンピューターCPUが人間の脳を凌駕するのは時間の問題だ。


Intel Core i9はネズミの脳の処理能力を超えている。時間とサイズからみた情報処理スピードと情報処理能力においてである。


しかし、生物の脳とCPUはどこまで行っても異質なものである。脳は化学反応で情報を伝えるのに対し、CPUは電気信号で情報を伝える。CPUは情報の処理スピードにおいて脳よりも圧倒的に速い。


どんなにCPUが速くなっていっても、今のところ、そこにネズミのような意識が生じる気配はない。


生物のコンピューターである脳のスピードは遅いのにもかかわらず、圧倒的に効率よく働く。非常に最小限のエネルギーで、人間であれば100年以上も休まず働き続けるのだ。


Google傘下のAlphaGOが囲碁のチャンピオンをコテンパンにやっつけたのは2016年のことだ。それ以来、人間は囲碁で人工知能に勝つことはできなくなった。完敗だ。


このAlphaGoは、20年前にロシアのカスパロフをチェスで破ったIBMのDeepBlueとは全く違う存在である。


スパコンであったDeepBlueは総当たりで、解のわかっている計算により問題を解いただけであったのに対し、無限にも達する囲碁の打ち手の全てを計算することはしていない。


つまり、人間の脳に一歩近づいた。


人間の脳は非常に効率的に処理を行う。インターフェースである映像や音をすべて処理することはしていないのだ。


例えば運転しているときを想像してほしい。ドライバーの視界には、多くの物が入ってきているはずだ。しかし、ドライバーは道端の葉っぱが揺れているという情報を処理していない。切り捨てて、信号と歩行者に意識を集中をさせる。


これこそがAlphaGoが囲碁の勝負においてやったこと。ディープラーニングというテクノロジーはそういうことだ。すべての情報を処理せずに集中するよ~、ということを機械ができるようなった。その証左だ。


機械が自らのチカラの限界を最大限活用するために、「フォーカスする」ことができるようになったのだ。


「フォーカスする」ということは、間違える可能性があるということでもある。人間がミスを犯すのと同じだ。なぜなら人間の脳は意図的に処理をしない部分を作っているからだ。


生物に存在する「意識」とは、この生体コンピューターの限界をいかに効率的に利用するかという点で生じたものなのだ。非常に計算能力の遅い脳というコンピューターを効率的に運用するのが意識なのだ。


そして、さらに脳を効率化させるのが「記憶」である。計算しては追い付かないからこそ、生物の脳は過去の情報を記録し、新たに起こった事象を過去の事例に当てはめる。


そう考えると、「意識」も「記憶」も、脳が十分に複雑になったから生じたものではないと考える。逆だ。スローな計算しかない脳が、いかに外的な情報を処理することができるかという点で起きたイノベーションだったのだ。


今、コンピューターの進化は「ムーアの法則の壁」を超えようとしている。つまり、半導体集積回路の微細化は限界を迎えようとしているが、リソースに限界が見えたならば違う方向に進むこともあり得るのだ。


その解の一つをAlphaGoは見せたと言えよう。今、AlphaGoはすでに3世代も4世代もたってさらに進化している。もう進化が止まることはない。


機械がリソースの限界に達した時にこそそこに「機械意識」が生まれるのかもしれない。機械の物理的進化がある臨界に達した瞬間にそのイノベーションは起きるのだ。


その「意識」は我々の脳とは全く異質なものである。


だから、我々がそれを完璧に理解することはできないだろう。

212回の閲覧

© 2018 by SingularityU Tokyo Chapter & Exponential Japan

  • Facebook Clean Grey